森田富士夫のPoint of View

社員は経営者の姿を等身大に映す鏡⑤

仕組みとモチベーションが「現場力」を決める

増収増益を続けている上場企業がある。この会社の強みの源は現場力にある。

現場労働の大部分はパートやアルバイトなどの非正規社員が担っているのだが、ポイントは非正規社員のレベルにある。労働生産性が同業他社に比べて高いのである。それはパート従業員の多くが、他社の正規社員しかも現場の作業長クラスと同じか、あるいはそれ以上のレベルにあるからだ。

この会社の経営者は、ローコスト・オペレーションこそが他社との差別化ととらえる。いかにローコスト・オペレーションを実現できるかが、企業の競争力を決定する。もちろん、それが利益の源泉になるのである。

では、ローコスト・オペレーションを実現するにはどうするか。

運輸業は労働集約型の業種なので、現場で働く人の生産性をいかに向上するかが最大のポイントだ。土地の値段は全国的にみると各地方によって違う。だが、同一地域ならどの会社が購入しても坪単価に大差はない。建物や設備(ハード・ソフト)も、キャパシティや機能が同レベルならば、全国どこでもまたどの会社でも投資額に大きな違いはない。

そうすると、現場で働いている人達の生産性の差が、ローコスト・オペレーションを実現するカギになる。企業間格差を決定するのは、人件費に対する労働成果(付加価値)の差に他ならない。

そこで次に考えるのは、現場の労働力の主力であるパートなどの非正規社員の人件費は安いのか高いのか、という問題である。一般的にいえば、非正規社員は正規社員よりも人件費が安いから非正規社員にしているのではないか。そんなことは、あらためて問うまでもないと一蹴してしまうだろう。そんな常識を疑ってかかること自体がおかしいと、多くの人は考えてしまう。

ところが違うのである。たとえば当該地域のパートの平均的な時給が850円としよう。時間当たりの支払金額だけを比較すれば正規社員よりも非正規社員の方が安いことは言うまでもない。だが、時給850円という人件費は本当に安いのか?

1時間当たり850円分相当の仕事(付加価値)を、時給850円のパートで行っているとすれば、仕事(付加価値)相応の人件費を支払っているに過ぎない。正規社員が1時間850円相当の仕事しかしていなかったら、それでは人件費が高すぎてしまう。だからパートなのだ。

しかし、よく考えてみよう。時給850円のパートは正規社員よりも支払う給料の金額は確かに少ない。だが、1時間に850円に相当する仕事なのだから、仕事相応の人件費を払っているに過ぎない。このようにとらえると、決してパートの人件費が安いわけではないのだ。

反対に、時給850円を支払っているのに、実際は1時間当たり750円分の仕事しかしていなかったとしたら、逆にパートの人件費は高いことになってしまう。

つまり、時給850円の非正規社員が、1時間当たり850円以上の仕事(付加価値)をしたときに、はじめてパートの人件費は安いといえるのだ。そのようにパートの人達の生産性を向上できれば、ローコスト・オペレーションの実現となる。

話は少し逸れるが、1000円で売るために製造・流通した商品を1000円で買ったとしても、安い買い物をしたことにはならない。安い商品を相応の値段で買ったに過ぎないのである。それに対して、1万円で売らなければ割が合わない商品を1000円で買ったのなら、その時は安い買い物をしたと言える。

人件費と生産性の関係も同じである。逆に、1000円で売れるように製造・流通した商品を1500円で売れば、販売側の儲けは大きくなる。

つまり、支払う金額が多いか少ないかではなく、支払う金額で得られる対価が見合っているかどうかで高いか安いかを判断しなければいけないのだ。

もちろん作業品質が一定レベル以上であることを当然の前提とすればであるが、このようなローコスト・オペレーションの仕組みや体制の構築が「現場力」なのである。

このような発想で実際にローコスト・オペレーションを実現し、高収益を上げている会社の経営者は、自身が現場から出発した創業者である。株式を上場した現在でも、パートの人達と絶えずコミュニケーションを図っている。

このように「現場力」は高い生産性が実現できるような仕組みをいかに構築するかだ。しかし、仕組みだけでは完全ではない。仕組みと不可分の関係にあるのが、現場で働いている人達のモチベーションである。非正規社員のモチベーション・アップの秘訣は、やりがい、働きがい、責任感、達成感、充実感などであって必ずしも金銭ではない。

一般に非正規社員は、責任ある仕事や立場になく、言われた作業をいかに量的にこなすかだけの労働になっている。しかし、この会社ではパートにもかなりの権限と責任を与え、ただ使われるのではなく人を動かす立場も経験させている。このような権限と責任は交代制なので、指示を受けて働く立場だけではなく、指示を出して人を動かす立場も経験することで、全員が責任者の視点から物事を判断できるように育って行く。

作業をいかに量的にこなすかだけの、いわゆるスキルワーカーとして優れているだけではなく、仕事の質的な面も考えられる優秀なナレッジワーカーになっている。当然、作業改善などにおいても意見やアイデアを出す。それが現場に採用され、評価されることがモチベーションのアップにつながっているのである。

だからこの会社では、外部からの現場視察者の質疑に対して、パートの人達が応答できるレベルにある。同業他社では、正規社員の現場の作業長クラスが視察者に仕事の内容などを説明し、質疑に応答するのが普通だ。ここからも人件費に対する仕事の質・量という点で、生産性に差があることが分かろう。

このような会社の経営者は、社外に向かって自社の現場で働いている人達を褒めることはあっても、決して軽蔑するような発言などしない。このように、社員(正規、非正規に関わらず)の姿は、経営者自身の姿を映す鏡なのである。

著者紹介

森田富士夫
森田富士夫(もりた・ふじお)
1949年 茨城県常総市(旧水海道市)生まれ
物流ジャーナリスト 日本物流学会会員
会員制情報誌『M Report』を毎月発行