森田富士夫のPoint of View

1歩先を知りながら、半歩先で話せること①

優れた社長は常に1歩先を知る努力をしている

これまで見てきたように、結局のところ企業は経営者に行き着くと言うことである。

何年か前に「何々の品格」と言った類の本が出ていて、多くの読者に読まれていたようだ。そこで「品格」という表現を拝借するならば、経営者の品格がその企業のグレードを決める、と言っても良い。

とくにオーナー経営の中小企業では、経営者の品格が企業の品格としてストレートに体現され、社外からもそのように評価されると言える。したがって、経営者は仕事に関して学び続けるだけではなく、人間性についても常に研鑽しなければならない。

そのような眼で見ると、経営者とは大変な職業だとつくづく思う。

たとえば、高級料亭に行くのは単に取引先を接待するためだけではない。自分自身の人格や品性を高めるためであり、社員教育のヒントを得るためでもある。それでこそ接待交際費の費用対効果がより有効になるというものだ。

ちなみに、先に洗車作業を中断して事務所に案内した中小事業者の若いドライバーの例をあげたが、この企業の経営者は、基本的に接待交際費を計上していない。

もっとも、仕事上でミスがあって取引先にお詫びに行くような時には、手ぶらというわけにはいかないので、手みやげを持っていく、といって笑う。また、業界団体などが主催する研修会などに経営者が参加する時の参加費は、交際費で落とす内容のものもあるという。だが、計上している接待交際費はそれだけである。

それに対して、社員教育には多額の費用を投資している。ここからも経営者の考え方や姿勢が窺える。

ファストフード店から出発しても、高級料亭を目指すこと。これが企業の社会的評価の向上にもつながる。

経営者に限ったことではないが、組織のトップに立つ人は、常に学ぶ努力が必要だ。そして1歩先を見据えてものごとを発想することができなければいけない。

経営者でいえば、経営環境の変化を先取りして予測できるような能力が必要になる。そのような外部要因の変化に対し、いち早く内部要因を再構築して対応できるようにしなければならないからである。

とくに最近は、外部要因の変化の速度が速くなっている。したがって、変化をいち早く察知・分析し、即座に対応することが重要になってきている。

20年も前の話になるが、ある経営者のケースを紹介しよう。この企業では、バブル崩壊後も長期の経営計画通りに業績が順調に推移してきた。ところが、1997年の8月に売り上げ、利益ともに計画を多少下回った。おかしい、と思いつつ9月の実績をみてから判断することにした。ところが9月も引き続いて業績が下降した。

業績が悪化したといっても、単月度で赤字になったわけではない。経営計画に対して売り上げ、利益が下回ったのである。当然、従業員1人当たりの売上高も下がった。それに伴い、労働分配率が計画よりも上昇してしまったのである。

いうまでもなく運輸業は労働集約型の産業なので、今後もこのまま推移すると重大な問題になってくる。

2カ月連続で計画を下回る業績が続いたとなると、単なる一過性の原因によるものではない。構造的な要因ではないかと判断した。そこで、10月に社内を一斉点検させた。売り上げ、利益を下げる社内的な原因はないかどうか、である。

ところが、各部署から報告されてくる内容からは、内部要因に何らの変化も見当たらない。社内は以前と何も変わっていないのである。

様ざまな面から分析した結果、実は内部要因が変わっていなかったこと自体に、業績悪化の原因があることが分かった。

業績の推移に微妙な変化が見られ始めたのは8月だが、それよりも数カ月前から取引先の大手企業などでは、金融再編成に備えた対応が始まっていたのである。ご記憶の方も多いと思うが、97年の10月、11月には銀行や証券など大手金融機関の経営破綻が表面化した。それにより金融再編が本格化した。いわゆるビッグバンである。しかし、大手企業ではその半年前ぐらいから金融再編に備えた動きを始めていたのである。

この経営者の会社は、いくつもの大手企業と取引している。これらの取引先の何社かが、金融再編が表面化する約半年前から、経営環境の変化に備えるための対応を始めていたのである。その一環として、取引条件の見直しが進められた。

直截的にいえば、単価の引き下げがあったのだ。この外部要因の変化に内部要因を対応させていなかったことが、業績悪化の主たる要因だと分かった。単価が下がれば、作業効率を高めるようにして、単位時間当たりの労働生産性を向上させなければ収益性が下がるのは当然である。

そこで、11月から社内の業務体制の再構築に着手した。再構築の具体的な取り組みは、簡単にいえば作業を効率化するオペレーション・システムを開発・導入したのである。

しかし、それでも作業体制を新システムに移行するには時間がかかった。長期経営計画通りの元の軌道に戻ったのは98年9月からであった。約1年を要したのである。

この経営者は、中小企業の経営者としては経営環境の変化をいち早く察知し、内容を分析し、適格に対応した方であろう。

 

著者紹介

森田富士夫
森田富士夫(もりた・ふじお)
1949年 茨城県常総市(旧水海道市)生まれ
物流ジャーナリスト 日本物流学会会員
会員制情報誌『M Report』を毎月発行