森田富士夫のPoint of View

社員は経営者の姿を等身大に映す鏡④

良い営業所と悪い営業所の所長の違い

ある程度以上の規模の企業では、営業所や事業所の所長も、一定の範囲内では社長と同様である。所長次第でその営業所の業績が決まってしまうと言ってもよい。

ある上場企業の副社長(当時)から、「1日付き合ってもらえないか」という話があった。その会社の事業所を一緒に回り、現場を見て率直な意見を言ってもらいたいということだった。

主旨は分かったので了承した。事業所がたくさんある会社だが、1日では時間が限られるため、関東圏内の事業所を午前と午後、それぞれ1カ所ずつ訪問することになった。

その副社長は、すでにその時点で次期社長が内定しており、一緒に現場を見て歩いた数カ月後には社長に就任した。そのようなこともあって、現場を直接自分の目で見ると同時に、第三者の意見を聞きたかったのだろうと思った。だが、それだけではなかった。

これは後で理解できたことなのだが、その時に訪問した2つの事業所は、一番業績の悪い事業所と一番業績の良い事業所という両極を選定したようだ。

最初に訪ねたのは前者である。当然であるが、副社長が訪問する日時は事前に連絡が行っており、できるだけ現場の責任者クラスも参加するように言われていたものと思われる。所長以下、10数名が会議室に集まった。

筆者は全員初めてなので、お互いに紹介がすむと、その事業所だけの資産勘定書を見せられ、気づいた点を指摘してくれと言われた。

そこで、この月から収益性が悪化しているがその理由は何か、と所長に聞いた。それに対して説明があり、その時にこのような違った対応はできなかったのか、といった意見を述べた。すると、このような事情でそれはできない、という答が返ってきた。さらに、ではこのような対応はできなかったのかと質問し、それに対してこれこれの理由でムリである、といったやり取りが続いた。

すると、それまで黙って聞いていた副社長がいきなり、「そんなことだから君たちはダメなんだ。なぜ、もっと前向きに受け止めようとしないのか」、と説教を始めたのである。その時になって、なるほど副社長はそれが言いたかったのか、そのために筆者を引っ張り出して導火線にしたのかと合点した次第である。

この事業所では、どのように問題を投げかけても、答は総てできないための理由が返されてきた。歯ごたえのなさを感じていたのだが、ダメな事業所だなと思ったのはそれだけではない。

10数名が出席していたのだが、メモの用意をして臨んでいたのは少数だった。過半の人達は手ぶらで椅子に座っているだけだったのである。普通だったら考えられない。一般社員でもメモの準備ぐらいはして臨む。まして所長はじめ現場では責任ある立場の人達なのだから…。

次に訪ねたのは、当時、その会社で最も力を入れている事業所である。同席したのは数人で、先の事業所よりも同席者は少ない。また、所長をはじめとして比較的若い人達であった。しかし、副社長と一緒に私が訪問するという連絡を受けると、すぐに筆者の著書を購入して当日参加した人達は全員、事前に読んでその場に臨んだという話しであった。

そして所長から、最初は本に書いてあった内容で分からない点についての質疑から始めさせてもらいたい、という要望がだされたのである。同席者が次つぎに質問するので、たしかに事前に読んでいるなということが分かった。もちろん参加者全員がメモの用意をして臨んでおり、必要に応じてメモを取っている。

質疑が一段落すると、先の事業所と同様にその事業所の資産勘定書を見て気づいた点を問い質すことになった。この月からこのようになっているが、どういう理由かと聞き、その時、このような対応はできなかったのか、といった具合である。

筆者の問いかけに対して、所長だけではなく、同席者がお互いに顔を見合わせながら各人から応答があった。「その時はそのような視点から考えていなかった」といった回答や、「もう一度、考えてみます」という前向きな答である。

さらに筆者の問いかけの内容によっては、所長が「その点については次回の定例会議の議題にして検討し直そう。次の会議までにそれぞれ自分の考えをまとめておくように」、といった具合に進行したのである。

数字を見てもこの事業所は収益性が高かった。これ以上の説明はいらないであろう。

このように、営業所や事業所の所長も、一定の範囲内では、社長と同じである。良い所長の営業所と悪い所長の営業所では、業績という目に見える形で差がでてくる。

その所長を誰にするのかという人事権は、いうまでもなく社長にある。結局は総てが社長に行きついてしまう。

 

著者紹介

森田富士夫
森田富士夫(もりた・ふじお)
1949年 茨城県常総市(旧水海道市)生まれ
物流ジャーナリスト 日本物流学会会員
会員制情報誌『M Report』を毎月発行