森田富士夫のPoint of View

社員は経営者の姿を等身大に映す鏡③

成るべくして成った経営悪化

これまで述べてきたように会社は結局のところ社長に行き着いてしまう。だが、それは役員についてもそのまま当てはまる。客観的な立場から観ると、悪い会社には悪い役員が跋扈している。

究極の悪い会社は、倒産した会社ということになろう。そこで、ある倒産企業の例を挙げることにする。

この企業は、ずっと以前は業界では良く知られた中堅規模の事業者であった。そして業界の中では老舗といわれるような歴史と実績のある事業者だったのである。

この会社の経営が悪化した理由は、提供しているサービスの仕組みにあった。ずっと昔は優れたサービスだったが、外部環境が変化してきたにもかかわらず、依然として同じサービスを続けていた。つまり変化に対応できなかったのである。

したがって、経営危機が表面化する以前から、内情は厳しいだろうと筆者は推測していた。そのような意味では、経営悪化は成るべくして成ったと言える。

経営が悪化したこの会社では、同じ業界の大手事業者に救済を求めた。この大手事業者は支援することを決め、経営を立て直すために役員として人を出し、経営企画を担当させて経営再建に当たらせた。

だが、資金援助はしなかったのである。良く言えばそれだけ慎重だったとも言える。反対に悪く解釈するなら、あわよくば美味しい部分だけをいただこう、という魂胆があったのかも知れない。そして片方の足は外に出しておいて、危なくなったらすぐ逃げ出せるようにしていたのである。

ともかく、その大手事業者では経営企画本部長として人だけを送り込んだ。そして経営再建に取り組んだのである。

その本部長を訪ね、経営が悪化した原因をどの様に分析しているのか、そしてどのように経営を建て直すのか、という再建プランについて話を聞いた。経営危機に陥った会社の本社2階の一室であった。

経営悪化の原因分析も納得のいくような内容だった。筆者の分析と基本的に同じだったからである。また、今後の再建計画も現実的で説得性のあるものだった。その点では満足のいく取材と言える。

そこで取材を終えて部屋を出て、廊下を歩いて1階に降りるために階段まできた。階段を降りかけたら、1階から2階にタバコを吸いながら階段を上がってくる人がいた。上着だけはその会社のユニフォームだが、ネクタイを締め、スーツの上着だけをユニフォームに着替えた格好である。これまで面識のなかった人だが、雰囲気や格好、年齢などから判断して、役員かそれに準ずる人と見受けた。少なくとも管理職には違いない。

だが、そのような立場の人が、本社の建物内でタバコを吸いながら階段を上がってくること自体にいささか驚いた。そして、「なるほど」これでは経営がおかしくなるはずだ、と理解できたのは本社内での歩きたばこだけではなかったのである。

会社の廊下などで面識のない外部からの訪問者とすれ違う場合、たいていは軽く会釈してすれ違うだろう。

知らない部外者であり、どのような用件で来社した客か分からない人と廊下で遭遇した時には、軽く会釈してすれ違うのが一番無難である。大きな案件の打ち合わせに来た荷主企業の担当者かもしれないからだ。しかし、慇懃な挨拶はわざとらしいし、そうかといって礼を失してはいけない。

そこで、たいていの社会人なら、軽く会釈して通り過ぎるのが普通だろう。ところが当方は会釈したのだが、先方はタバコを吸いながら会釈も返さずにすれ違って行ってしまった。来客に対する礼儀もわきまえていない。役員クラスと思われる人がである。

もっとも、筆者を招かれざる客だと一瞬で見抜いたのだとしたら、先方の方が数段役者が上だった言うべきかも知れないが…。

それはともかく、役員かそれに準ずる役職とおぼしき人が、くわえたタバコで社内を歩いているだけでも驚きなのだが、会釈も返さずに通り過ぎて行った。なぜ経営が悪化したのかが、その一事に総て凝縮しているような気がして妙に納得したものである。

そして先ほど会って話を聞いたばかりの、再建支援のために出向してきた経営企画本部長も、これでは孤軍奮闘で大変だろうなと思った。さらに、率直なところこの会社の再建はおそらく難しいだろう、と独断と偏見で勝手に判断した次第である。

後日談としては、支援に動いた大手企業が出向者を引き上げて手を引くことになった。同時に、メインの金融機関が追加融資に応じなかったために、この事業者は倒産した。倒産のニュースを知ったとき、予想通りで当然の帰結と思った。同時に、廊下ですれ違った人の姿が脳裏に浮かんだのである。

このような役員ないしはそれに準ずるとおぼしき人を登用していたのは社長に他ならない。社長としての器量も窺い知れる。

 

著者紹介


森田富士夫(もりた・ふじお)
1949年 茨城県常総市(旧水海道市)生まれ
物流ジャーナリスト 日本物流学会会員
会員制情報誌『M Report』を毎月発行