森田富士夫のPoint of View

社員は経営者の姿を等身大に映す鏡②

自社の社員をけなすのは「天に唾する」ことと同じ

ある物流サービス分野ではトップクラスの会社の経営者が、仲間内ともいえる親しい同業者が30人ほど集まった公の場で、自社の現場で働いている多くの従業員を軽蔑するような話をしているのを聞いたことがある。その場に同席していて、自分の会社の社員を見下すような話を耳にして実に嫌な感じを持った。

言うまでもなく、自分が軽蔑している従業員達の現場の労働によって、その会社の経営が成り立っている。

その経営者自身が、創業者として現場から身を起こした人である。たしかに、昔は同じ現場で同じような労働をしていても、他者より秀でていたからこそ、自分で会社を興し、ある物流サービス分野ではトップクラスの企業にまで成長させることができたのは事実だ。また、その経営者のヒラメキやアイデアは優れており、話を聞いていて啓発されることが少なくない。その点では評価している。

しかし、現場で働いている自社の社員を外部で軽蔑するような発言をするのでは、人間性が問われると言っても過言ではないだろう。経営者の集まりなので、その場に被雇用者は誰もいないが、だからといって言って良いことと言ってはいけないことがある。もし、他社の社員であったとしても、そのような発言を聞いていたとしたら何と思うだろうか。

たしかに、その経営者が話している内容が当てはまるような実態があることは知っている。事実であるし、否定はしない。それでも、社外の同業者の人達が集まっている場で、自社の従業員達を悪く言う必要があるのだろうか。いや、必要がある、なしに関わらず、外部でそのような発言はすべきでない。

その場にいた同業者の人たちも、自社の従業員を悪く言う社長の話を聞いていて快くは思っていなかった。むしろその社長の人格に疑問をもった人たちが多かった。社外で、自社の社員をけなすことは「天に唾する」ことである。

もちろん、社内で社員を叱ることは当然あるだろう。仕事上のミスや不十分さなら、レベルアップを図り、顧客に対する責任からも叱責することが必要である。それは社員の至らない点などを正すことであり、引いては良い会社にするためである。

しかし、軽蔑は社員の人格を蔑むことであり、叱責とは全く違う。

叱責と軽蔑の違いについて、おもしろい例がある。

この会社では、取引先からの仕事上のクレームなどに対しては謙虚に耳を傾ける。その取引先を担当している自社の社員がミスをしたりしてクレームがくれば、なぜミスが発生したのか原因などを分析し、責任の所在を明らかにする。そしてお詫びをするとともに、再びミスをしないために何をどのように改善するかを説明する。また、その社員を再教育するとともに、ミスの教訓を全社的に共有できるようにする。

これは、多くの会社でも行っていることだろう。

だがこの事業者では、その取引先を担当している社員の個人的な問題について、取引先から何かを言われた場合は全く別だ。社員の人格に関わるような「クレーム」には、どのような取引先であっても、毅然とした姿勢で臨む。

実際にこの会社では、仕事に関するクレームではなく、担当している社員の人格に関わるような取引先の担当者の発言に対して、取引先と充分に話し合った上で、結果的には取引から撤退したケースもある。

取引を中止すれば、当然のこととして売上がそれだけ減少する。しかし、自社の社員の人格の尊厳を優位に位置づけたのである。これは、その会社の基本的な姿勢の現れに過ぎない。この会社の専務(当時)の語るところでは、会社としてのポリシーを貫いただけということになる。

他社の経営者が集まっている前で、自社の社員を軽蔑するようなことを平然と話して憚らない経営者とは、大きな違いである。

このように経営者は、たとえどのような場面であっても、自身の発言には気をつけなければならない。より正確に言えば、発言するか否かではなく、自社の社員を軽蔑するような社長自身の人格の方が問題なのである。ましてやそれを公の場で発言するとは、自身の人間としての器がどの程度なのかを披瀝する結果になってしまう。

そのような話をする経営者を目の当たりにすると、聞いていてむしろその社長が醜い姿に見えてくる。

このような経営者は、自分でインターネットを検索して見ると良い。Web上に実に多くの内部告白、内情暴露が流れている。もちろん、Web上に書き込まれている内容は、感情的、情緒的で非論理的なものが多い。いわば誹謗中傷の類が大部分である。

しかし、そのような中にも事実の片鱗が含まれている。内部の人間でなくては分からないような内容が断片的に書き込まれているのである。もちろん、書かれている内容を総てそのまま信じるわけではないが、確かにそうかも知れないと思い至らせるような内情の一端を窺い知ることができる。

ところが、経営者の中にはインターネットを使ったことのない人もいる。もちろん最近の若い経営者は別だが、高齢な経営者や現場からたたき上げた創業経営者、あるいは大企業で有能な秘書がいる経営者などである。大企業の経営者のケースは別であるが、中小企業の経営者の中にはパソコンを使ったことがないという人もいる。つまり現場の社員の方が、内情暴露などの伝達手段が進んでいるということだ。

自社の社員を軽蔑したような発言をする経営者が、軽蔑しているはずの社員から、実はもっと軽蔑したような内容をWeb上で流されている。しかも、このような事実を知らぬは社長だけ、ということもあるのだ。

ともかく、どのような場であれ、自社の社員を悪く言うことは経営者として厳に慎むべきである。逆に自身の器が問われてしまう、と肝に命ずべきであろう。

 

 著者紹介


森田富士夫(もりた・ふじお)
1949年 茨城県常総市(旧水海道市)生まれ
物流ジャーナリスト 日本物流学会会員
会員制情報誌『M Report』を毎月発行